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札幌地方裁判所 昭和46年(わ)971号 決定

少年 K・A(昭二七・一〇・一生)

主文

本件を札幌家庭裁判所に移送する。

理由

(当裁判所の認定した事実)

被告人は、

第一、昭和四六年八月二五日午後八時ごろ、かつて文通したことのあるM・M子(当一九年)を自分の運転する軽四輪自動車の助手席に乗せて、同女の自宅に送り届けるため走行中、劣情を催し同女を強姦しようと企て、同車を江別市○町××××○○野球場のバツクネツト裏に駐車し、同車内において、同女に対して「一回でよいからキスさせれ。」とせまり、同女が車外に逃れようとするといきなり同女の右手をつかんで引き寄せ、顔面、腹部を数回殴打してその反抗を抑圧し、強いて同女を姦淫しようとして同女の陰部に手指を挿入するなどの暴行を加えたところ同女がはげしく泣き叫んで抵抗したため姦淫の目的を断念したが、その際右暴行により同女に対し治療約二週間を要する処女膜裂傷の傷害を負わせた

第二、昭和四六年五月一日ころ、○○高等学校定時制の生徒であるT・K子(当一六年)と授業終了後江別市○○○×××番地の○別○一○学校の噴水を見に行き、同日午後九時三〇分ころ、同校の玄関に入つて話をしているうちに同女に対しいたずらをしようという気になりいきなり同女に抱きつき、玄関の壁に押しつけ、同女の着衣を押し上げて、乳房をもてあそぶなどし、もつて、強制わいせつの行為をした

第三、昭和四六年五月二一日午後九時ころ、○○高等学校の定時制一年生のN・S子(当一六年)を自己の運転する軽四輪自動車の助手席に乗せ同女の自宅まで送る途中、同女にいたずらしようと思い、江別市○○○×××番地○○○○○○○○事務所附近に連れ込み、同車内で同女の顔面を殴打したうえ全裸にするなどの暴行を加え、同女の陰部や乳房を手でもてあそび、もつて、強制わいせつの行為をした

第四、昭和四六年八月二日午後六時ころ、かねて○別○一○学校在学中から顔見知りであつたT・E子(当一六年)を、自己の運転するダンプカーの助手席に乗せ、国鉄○○駅附近から江別市街に向かつて運転中、同女にいたずらしようと思い、右ダンプカーを江別市○○○○○○○○○○○○○○○附近まで運転して同所に駐車し、同車の運転室内で同女を助手席に押し倒して顔面を殴打するなどの暴行を加え、同女の陰部や乳房を手でもてあそび、もつて、強制わいせつの行為をした

ものである。

右事実は、当裁判所が取調べた各証拠によつて認めることができ、法律に照らすと、右第一の所為は刑法一八一条(一七七条前段)に、右第二ないし第四の各所為はいずれも同法一七六条にそれぞれ該当する。

(移送の理由)

本件公判で取調べた各証拠と少年調査記録を総合して、被告人を刑事処分に付するのが相当かどうかについて検討すると、本件は姦淫自体は未遂であるが相手方に加療約二過間の処女膜裂傷を負わせた強姦致傷一件と強制わいせつ三件からなり、犯行の手段としてはいずれも相手方を脅かしたり又は殴るなどの暴力を振つたもので悪質であり、とくに右傷害を負わせた被害者に対しては重大な精神的苦痛を与えたものであるのに、被告人の両親などから相手方に対し殆んど慰藉の措置を講じていないこと、さらに同一地域社会で右のように四件もの性的犯行を短期間に重ねていることの社会的影響などを考慮するならば、被告人の刑事責任は重く、これに対し刑事処分を科すべきものとする考え方も十分理由があるものといわなければならない。

しかしながら翻つて考えると、

1  被告人は、もと刑務官をしていたがその後魚の行商をするようになつた父と最近工員勤めをしている母との間に生まれ、江別市内の中学校を卒業後、道立○○高校定時制に入り、昼間はガソリンスタンドで働いたりダンプカー運転手をし、のちこれをやめてアルバイトなどをし、本件犯行後右高校を中退したこと、被告人の資質面をみると、知能はIQ89であるが、性格は自己中心的で衝動性、軽躁性に富み、自分の感情、欲求を抑制する力に乏しいなどの特性が認められ、また社会性の発達が遅れ他人と共感し合うことができにくく、気軽に人と接しても表面的な接触に終りやすく、思いやりの気持に欠けるなどの問題性が認められる。

2  本件各犯行は、被告人が右定時制高校三年に在学中、満一八歳当時に行なつたものであり、本件以外の非行歴は一四歳当時に友人とともに行なつた窃盗一件があるほか、満一六歳から満一八歳にかけて、同級女子生徒などに対する強制わいせつ数件が記録されている(なお、やはり満一八歳当時看護婦である年上女性に対する強姦一件も記録されているが、被害者から告訴はないようであり、右強姦後も同女と若干の交渉をもつたことがあることなどに照らすと、犯情においてどの程度の事案であるか把握しがたい)。

3  被告人の叙上の非行歴のうち、窃盗は軽微かつ偶発的なものであり、家庭裁判所から不開始処分がなされており、その後同種の非行の発現は記録されていない。従つて主たる非行としては、本件各犯行と右に述べた強制わいせつ数件であるが、被告人がこのような非行に陥つた原因ないし機制については、少年調査記録などによると、最初は、同級女子生徒に対するいたずらに端を発し、その成功体験に味をしめて反復累行する気持に陥り、それが被告人の前述の資質面における種々の人格的未成熟ないし性格的偏倚と結びつき、しかも被告人の父が行商をし母が工員勤めをし(同胞として兄が在るが同人は別居)ているなどの関係で家庭内の指導、保護が不十分であつたこと(とくに性教育面では全くおろそかであつたことが鑑別結果の中に記録されている)、また非行の性質上表沙汰になることが少なくそのため既に犯かされた非行に対し公的規制が加えられる機会がなかつたことなどのため、次第に大胆かつ悪質な態様へと発展したものとみることができるようである。

4  以上のような家庭環境、資質面における未熟性、偏倚性並びに非行の発展経過などに照らすと、被告人の更生のためには、制裁を重視した刑罰的処遇よりも保護指導、並びに治療、環境調整などに重点をおく少年法所定の処遇方法の方が、より合目的かつ効果的のように思われる。鑑別所の意見も、被告人が「嗜虐的傾向へと発展するおそれがあり……施設収容により系統的に矯正教育を行なうことにより自己統制力を養うことが必要である」とし少年院への収容保護を相当としている。

5  少年について一定の要保護性が認められるとしても、行為の結果が余りに重大なときには刑事処分を科するのが相当とする場合があるであろう。しかし本件各犯行のうち判示第一の犯行は精神的苦痛の大きい傷害を加えた点でかなり犯情は重いが、これとても姦淫の点は全く未遂に終つていること、各犯行とも極端な段階に至らないうちに被害者の悲鳴や抵抗に逢つて犯行遂行の意思を放棄しているような状況が見受けられ、どうしても刑事処分を科さなければならないほどの重大な結果を招いたものといいがたいこと、その他被告人の本件各犯行までに至る学業および就業の状態は決して良好とはいいえないが、前記の特殊なる類型の非行の外に殆んど非行歴はなく、父親との間に一時不和を生じて被告人が間借り生活をしたりしたことがあつたが、大体において親のいうことに素直に従う方であるということであり、また格別の不良交友もなく仕事も曲りなりにも継続してきたようであり、前述の非行傾向も全く習癖化して矯正の余地がないほどになつているとも認められない。

札幌家庭裁判所が本件を検察官に送致した当時においては、被告人の罪障感は必ずしも十分でないとの観察結果が記録されているが、現段階においては本件各犯行について相当深刻に反省しているように認められる。適切な方法によつて前述の資質上の問題点を矯正し、併せて保護環境を調整するなどの措置を講ずれば、被告人について少年法の本旨に沿う実を挙げることは決して困難ではないと認められる。

よつて少年法五五条により主文のとおり決定する次第である。

(裁判長裁判官 渡部保夫 裁判官 斎藤精一 石川善則)

参考 受移送家裁決定(札幌家裁 昭四七(少)五二号 昭四七・一・二九決定 報告四号)

主文

少年を中等少年院に送致する。

理由

(非行事実)

少年は、

一 昭和四六年五月一一日頃、○○高等学校定時制の授業終了後同校の生徒であるT・K子(当一六年)と江別市○○○×××番地の○別○一○学校の噴水を見に行き、同日午後九時三〇分頃、同校の玄関内に入つて同女と雑談をしているうちに同女に対しいたずらをしようという気になり、いきなり同女に抱きつき、玄関の壁に押しつけ、同女の着衣をまくり上げて、乳房を手でもてあそぶなどし、もつて強制猥褻の行為をした、

二 同月二一日午後九時頃、○○高等学校定時制の生徒であるN・S子(当一六年)を自己の運転する軽四輪自動車の助手席に乗せ、同女の自宅に送り届けるため走行中、同女に対しいたずらをしようという気になり、同車を江別市○○○×××番地○○○○○○○○事務所付近まで運転して同所に駐車し、同車内において、同女に対し顔面を殴打したうえ全裸にするなどの暴行を加え、同女の陰部や乳房を手でもてあそぶなどし、もつて強制猥褻の行為をした、

三 同年六月一七日の午後六時三〇分頃、ダンプカーを運転して江別市内を走行中、かつて患者として入院中看護をうけ、その後交際したことのあるM・K子(当二〇年)が歩いているのを発見し、劣情を催し同女を強姦しようと企て、自宅まで送つてやると称して同女を同車の助手席に乗せ、同日午後六時五〇分頃、同車を江別市○○○×××番地先○始○内○草○まで運転して同所に駐車し、同車内において、ドアに施錠したうえ、同女に対し「やらせや、脱げ」とせまり、同女がこれを拒絶するや、同女の首を両手で締めつけ、「お前が抵抗すれば殺すぐらい簡単なんだぞ、前に俺とやつたことを皆にばらすぞ、それでもいいか、一回やるも二回やるも同じでないか」などと申し向けて同女を脅迫し、その反抗を抑圧して強いて同女を姦淫した。

四 同年七月二日午後六時頃、かねて○別○一○学校在学中から顔見知りであつたT・E子(当一六年)を自己の運転するダンプカーの助手席に乗せ、国鉄○○駅付近から江別市街に向かつて走行中、同女に対しいたずらをしようという気になり、同車を江別市○○○○○○○○○○○○○○○付近まで運転して同所に駐車し、同車内において、同女に対し助手席に押し倒して顔面を殴打するなどの暴行を加え、同女の陰部や乳房を手でもてあそぶなどし、もつて強制猥褻の行為をした、

五 同年八月二五日午後八時頃、かつて文通したことのあるM・M子(当一九年)を自己の運転する軽四輪自動車の助手席に乗せ、同女の自宅に送り届けるため走行中、劣情を催し同女を強姦しようと企て同車を江別市○○○×××○○野球場のバツクネツト裏まで運転して同所に駐車し、同車内において、同女に対し「一回でよいからキスさせれ」とせまり、同女が車外に逃れようとするや、いきなり同女の右手をつかんで引き寄せ、顔面、腹部を数回殴打し、同女の下半身の着衣をはぎとり、同女の陰部に手指を挿入するなどの暴行を加え、その反抗を抑圧して強いて同女を姦淫しようとしたところ、同女が激しく泣き叫んで抵抗したため姦淫の目的を断念したが、その際前記暴行により同女に対し治療約二週間を要する処女膜裂傷の傷害を負わせた、

ものである。

(適条)

一、二、四の事実につき、いずれも刑法第一七六条前段

三の事実につき、同法第一七七条前段

五の事実につき、同法第一八一条(同法第一七九条、第一七七条前段)

(処遇の理由)

本件は、当初昭和四六年少第二三二四号、第二三二五号、第二四五三号事件として当裁判所に係属し、同年九月二三日当裁判所が少年法第二〇条によりこれを一括して検察官に送致したところ、本件中非行事実欄一、二、四、五記載の各事実については、札幌地方裁判所に公訴が提起され、審理の結果、昭和四七年一月一三日同裁判所において、少年に対しては、直ちに刑事処分に付するよりもむしろ保護処分により矯正教育等の措置を講ずるのが相当であるとして、同法第五五条により当裁判所に移送する旨の決定がなされ、また非行事実欄三記載の事実については、同年一月一七日検察官送致後の情況(親告罪の告訴取消)により訴追が相当でないとして、検察官より当裁判所に再送致されたものである。

そこで少年に対する処遇について以下検討する。

一 少年は昭和四〇年四月○別○一○学校に入学し、二年生時の昭和四二年二月友人一名と共に窃盗を行ない、同年七月当裁判所において審判不開始決定をうけた他は格別の問題行動もなく同中学校を卒業し、昭和四三年四月○○高等学校定時制に進学して昼間は江別市内のガソリンスタンドで稼働することとなつた。

ところが少年はその後上記ガソリンスタンド勤務と通学を続けるうち、昭和四三年夏頃および昭和四四年五月頃に各一回学校内において同級ないし一級下の女子生徒に対し強制猥褻行為(接吻ないし乳房のいたずら)を行ない、三年生になつてからは学校を怠休して遊興にふけるようになり、更に昭和四六年三月暴力を振つて非行事実欄三記載の被害者M・K子と無理矢理に肉体関係を結ぶ(初めての性交体験)など、次第に生活の乱れが目立つてきた。

そして少年は同年五月一一日頃非行事実欄一記載の非行を行ない、その頃運転免許を取得して自動車を運転するようになつたことから、その後自動車を利用して次々と同欄二ないし五記載の各非行を敢行し(なおその他に同年五月同級の女子生徒に対する強制猥褻行為が一回ある。)、遂に同欄五記載の被害者M・M子の届出により同年八月二六日緊急逮捕されたものである。なおその間少年は同年四月三年生に留年し、以後は勉学意欲を全く失い、同年六月末前記高等学校を休学するに至り(同年八月末退学処分となつている。)、一方怠業が重つたことなどから同年六月初前記ガソリンスタンドを退職し、以後約一か月間ダンプカーの連転手として稼働し、その後は時おりアルバイトなどをしていた。

二 少年の資質面については、鑑別結果によると、知能はIQ=八九でやや劣る程度であるが、性格的には偏りが大きく、自己中心的で衝動性、軽躁性に富み、自己の感情、欲求を抑制する力に乏しいなどの特性がみられ、また社会性の発達が遅れ、他人と共感しあうことができにくく、気軽に他人と接触しても表面的な接触におわりがちであり、思いやりの気持に欠けるなどの問題性が認められる。

三 少年の家族は昭和二九年頃まで刑務官をし、その後魚の行商をして現在に至つている実父および少年の幼少時より工員として稼働してきている実母ならびに現在別居して会社勤めをしている二三歳の実兄の三人であるが、従来実父母とも仕事に追われていたことなどの関係で家庭内における少年に対する指導、教育が十分になされてきたとは言い難く、もと刑務官ということもあつて道徳的に厳しいところのある実父が少年に対し異性との交遊についてしばしば注意を与えていたというけれども、これも少年のうけいれるところとはならず、性教育の面で適切、効果的な指導は殆ど行なわれることがなかつたとみられる。

四 ところで本件各非行は、非行事実欄三の場合を除いては被害者にさしたる落度もなく、犯行の手段としてはいずれも少年に対する被害者の信頼を利用し、自動車を使用するなどして巧みに被害者を犯行場所に誘い込み、脅迫または殴打等の暴行を行なうなど、かなり悪質であり、とくに同欄五記載の被害者に対しは姦淫の点は未遂におわつたとはいえ、重大な精神的苦痛を与えたことがうかがわれ、いずれもその犯情は軽くない。

五 そして少年が約三年間にもわたつて本件各非行その他前記一記載の強制猥褻行為を反復するに至つた原因ないし機制については、最初同級女子生徒に対するいたずらに端を発し、その成功体験に味をしめて反復累行する気持に陥り、それが少年の前記の資質面における種々の性格的偏倚ないし人格的未成熟と結びつき、しかも前記のように家庭内の指導教育が不十分であつたこと、非行の性質上表沙汰になることが少なく(非行事実欄一ないし四記載の各非行については少年の逮捕後初めて発覚し、告訴がなされたもの)、そのため既に犯された非行に対し公的規制が加えられる機会が全くなかつたことなどのため、回数も重なり次第に大胆かつ悪質な態様へと発展したものとみることができる。

ところで少年の非行に対しては、緊急逮捕以来約五か月間にわたる身柄拘束および刑事公判における審理ならびに当裁判所における調査、審判等によつて、既に一応の公的規制が加えられており、また少年は上記約五か月間の種々の経験を通じて自己の非行についてかなり反省してきているようにみうけられるが、当裁判所のみるところ、現段階においてもその反省が、道徳的、社会的に非難されるべきものとして自己の行為が公的規制をうけるゆえんを深く悟り、また自己の性格上の欠陥を十分認識したうえでなされた真の意味の反省にまで至つているとは即断し難いところがある。のみならず、より根本的に、前記のような資質面における種々の性格的偏倚ないし人格的未成熟などの問題点は到底容易に解消されうる性質のものではないし、その点が矯正されない限り、少年が今後再び本件のような非行に走る虞れはかなり大きいと考えられる。

六 なお少年の実父母はいずれも勤勉、堅実な人物であつて家族内の人間関係、雰囲気は決して悪くなく、少年も家族に対する親和感を十分にもつており、また実父母は少年の身柄拘束中しばしば面会に出向くなど、少年の今後の保護、監督につき十分の熱意を示しているが、従前の経緯に照らしても、上記のような資質面上の問題点を有する少年を適切に指導、監督してゆくことについて、実父母に多くを期待することは困難である。

七 以上の諸点を総合して勘案すれば、今後在宅処遇によつて少年の健全育成をはかることは困難かつ不適当であり、少年の更生のためには、少年院に収容のうえ規律ある生活の下に、前記のような性格的偏倚ないし人格的未成熟などの欠陥を徹底的に矯正する必要があるというべきである。そして少年院の種類としては、少年は現在一九歳三か月に達しているが、未だ素直さを残しており、その非行性もさほど根深く固定化しているものとはみられないから、中等少年院が適当であると考える。

よつて少年法第二四条第一項第三号を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 河本誠之)

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